野見山 暁治(のみやま ぎょうじ、1920年12月17日 - )は、画家。文化功労者であると、wikipediaにはあります。
さらに、wikipediaを見ますと、私生活では二度の結婚を行い、いずれも先立たれた経験をもつとされています。
ご高齢ですが、とてもロマンチックな人生を歩まれたのではないかと想像します。最初の奥様はフランス時代に病を得て早世し、後妻には福岡でクラブを経営していた女性を迎え、別居結婚の形をとるという、当時では新しい形の実践者であったと思われます。二岡と山本モナのような関係ではないわけですから、何も別居と思いますが、画家や文筆活動の拠点のことを考えたら、そうなったのでしょう。
wikipediaによると、野見山ステンドグラスの作者である野見山 暁治画伯は、九州へたびたび足を運んでいだということです。九州滞在時は20代から癌などの病歴があった後妻を健康面・店の経営面両面から支えつづけたというから、本当にタフな方です。
後妻は後年までクラブを切り盛りも2001年体力の限界などからクラブを完全閉店しまもなく逝去。合掌。
そんな画伯が、2008年の地下鉄副都心線開通にあたって、とんでもない大作を作り上げました。
画伯の作品は難解と評されることが多いようですが、「画面にひしめく形が掻(か)き消え、痕跡さえ見当たらない空間、何かが充満した空白」を描きたいと考えておられるようです。
難しいですね。どういう情景、こころのありかたなのでしょうか。充満した空白とは、白としかおもえないのですが。。。あるいは、空気としか思えないのですが。。。
野見山画伯の野見山ステンドグラスの原画にも、そういう思いが込められているそうです。
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野見山暁治
野見山 ステンドグラスと聞いて何を想像しますか。もしあなたが、野見山と聞いて、野見山暁冶を思い出し、ステンドグラスときいて、画伯の「いつかは会える2008」を想起されたのであれば、相当の通としかいいようがありません。野見山 ステンドグラスとは、野見山暁冶画伯自身が、地下鉄副都心線のアートのために、ステンドグラスに仕上げたものです。一見の価値ありです。
2008年6月29日放送のNHK教育テレビ番組、「新日曜美術館」で、野見山暁冶画伯のことが取り上げられました。
6月14日に開業した地下鉄副都心線は、かなりの話題を集めていますし、百貨店戦争勃発というか、あの界隈の商業施設ではとんでもない変化に右往左往している感すらあります。伊勢丹に行くのは便利になったと思うのですが、渋谷東急や東横なんかは、影響ありそうです。
少し話がそれてしまいましたが、その地下鉄副都心線の明治神宮前駅の壁面こそ、この野見山 ステンドグラスそのものです。果たして、野見山ステンドグラスという言葉は、まだまだ一般的ではないかもしれませんが、必ずや一般名称まで押し上げてくれるであろうことは、この縦3メートル、横10メートルにも及ぶ、野見山暁冶画伯渾身のステンドグラスを見ればわかるというものです。
当初、原画だけの提供なのかなと思っていましたが、87歳にもなる画伯が果敢にも、初めてステンドグラス作りに挑戦されたとか。1年半にわたる制作期間ですから、本当にタフです。
NHKのこちらのページに野見山ステンドグラスのことが書かれています。ご参考まで。